の伝言
7月24日 ハイジャック事件が起きた。やっぱり起きるのね、と思ってしまう虚を突いた時期。
詳細が知らされるまでは、お金の要求や政治的背景かと想像していた。
早目の身柄の拘束で、まさか人命に関るとは想像だにしなかった。
今回は機長の死亡というやりきれなさ。犯人は28歳の男性だった。
新聞とTVでの初期の報道で都内有名私立6ヵ年一貫中高校を卒業、一橋大学を卒業した、と報道していた。精神科の通院、入退院の履歴もあると知らせていた。もし、病気が責任能力を回避できるという司法の判断がなされたら、罪を問えないのではないかと多くの人の胸の中をそんな思いが去来したのではないだろうか。
私自身が一番気になった報道は学業の経歴の表現の仕方だった。所謂エリートコースを示唆するかのような口調。
私学への進学はかつては社会の富裕層だったが、教育の場をお金で買える現代、このような報道が果たして犯人を知るための条件になり得るのだろうか。共働きで子どもに余裕を与える事が一般的になっているこの時代に、定型・紋切り型の犯人像の暗喩はそろそろ止めて欲しい。彼が離婚した母親に育てられ、公立の中高だったら、片親で欠損家庭という示唆の仕方をするんだろうなと記者の表現と視点の貧しさを想像してしまった。
犯人がシミュレーションとして現実に経験したいという欲求がこの行動の実現させた要因だが、こんな人間は珍しくはない。問題はこの繁忙期に安全が守られていないセキュリティにあると思う。しかも、五百余名の命は危機一髪で保全された。だからと言って機長の命のひとつが命のやり取りで奪われていいことはない。
働き盛りの夫を持つ一人の妻として、たまらない。防げたはずの事故だと思う。そこがこの事件のやりきれなさだ。